田中 裕士
院長

平成10年 4月  山梨学院大学附属高等学校 入学
          硬式野球部 主将として甲子園に出場
          山梨県最優秀選手賞 受賞

平成13年 4月  日本大学 経済学部 経済学科 入学

平成18年 4月  京都府知事認可  
          京都府カイロプラクティック業協同組合
          理事  山本 員煕氏
          小川 丘氏 の両氏に師事

平成22年 7月  奥さんの後押しもあり、故郷山梨甲府にて
          「田中カイロプラクティック院」を 開業

平成24年 2月  ユニマットそよ風 甲府ケアセンター
          「訪問カイロ」契約

 

せっかくなので...

体が大きく、やんちゃだった。兄2人の影響で1年生から野球を始める。
6年生の時には、身長170㎝もあり、ランドセルが背負えず、肩掛けカバンで登校(笑)。野球ではエースで4番だった。

平成7年 4月  甲府市立北中学校に入学(12歳)
         意気揚々と野球部に入部するが、初めての上下関係にビビる。
         この頃から、周りの女子が気になり始めた。
         でも結局3年間、たいしてモテずに終わる。
         しかも身長は10㎝しか伸びず、体重は激増して95㎏と見た目は
         どう見ても太っ
たおっさんだった。。。
         でも野球では、県内でそこそこ有名な投手だった。

 

平成10年4月  私立 山梨学院大学附属高校に入学(15歳)
         甲子園に行きたくて学院に入学したが、すぐに後悔。練習厳しすぎ。
         3ヵ月後には75㎏に…。でも、同期の戦友たちと毎日を乗り切った。3年生では
         野球部の主将を任され夏の甲子園出場(82回大会)。
         惜しくも、一回戦敗退(対樟南)だった。
         その後、山梨県内最優秀選手を受賞。 
         高校生活は辛かったけど、とても充実して楽しかった。
         その頃の戦友は、今は親友である。

 

平成13年4月  日本大学 経済学部 経済学科に入学(18歳)
         大学野球のレベルの高さに闘争心が燃える。
         しかし、なかなか試合に出られない焦
りから怪我。
         治らないままの練習復帰で、また怪我の繰り返し。

         この頃、整体、カイロ、鍼灸など色々な治療を試してみたが
         なかなか自分に合う
治療院が見つからずにとても苦労した。
         この経験で、技術のある治療家になりたい
と思うようになり始めた。

 

大学4年     選手から学生コーチに転身。これが、見事にハマりやりがいを感じ
         初めて人のサ
ポートをする喜びや楽しさを知る。
         野球に熱中しすぎて学業を怠った為、
あえなく留年(泣)。
         結局5年がかりで卒業。親父、おかん ごめんなさい。

東都リーグ 春季リーグ戦全勝優勝
全日本大学選手権
 準優勝に貢献。

 

出会い      カイロプラクティックの基礎やアスリートのボディケアの
         技術を学ぶため知らない土地での1人暮らし…修行の身。。
         この仕事だけでは食べていけずバイトをしながら生活する日々だった。
         そんな時に最愛の人と出会う!!(今の奥さん♡)

小川氏の助手として  京都市立 洛水高等学校 硬式野球部 
           コーチ兼トレーナー助など、数々のスポーツ団体に従事する。

 

その後・・・
平成22年 7月  故郷の山梨で独立開業
          甲府市国母で貸し店舗を借りながら営業。
          いかにお客様に満足頂けるかを研究し、試行錯誤の繰り返し。
          このままやっていけるか不安の毎日でした。


またそこから4年後…
平成26年 7月  最初の開業した甲府市国母の地に新居&店舗を建設。
          まだまだ軌道に乗ったとは言い切れないが、どうにか自分の城が
          持てるまでになった。地域の方々や地元の仲間に支えられ現在も
          明るく元気に活動中!!